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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)2247号 判決 1981年8月19日

原告 かたばみ興業株式会社

右代表者代表取締役 針谷亀次

原告 日本化建工業株式会社

右代表者代表取締役 木山学

右両名訴訟代理人弁護士 原清

同 本郷修

被告 日本ベニア株式会社

右代表者代表取締役 足立光吉

右訴訟代理人弁護士 松井一彦

同 中川徹也

主文

一  被告は原告かたばみ興業株式会社に対し金七四万九一〇〇円及びこれに対する昭和五四年三月一六日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告日本化建工業株式会社に対し金一八万五二〇〇円及びこれに対する昭和五四年三月一六日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告かたばみ興業株式会社のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用中、原告かたばみ興業株式会社と被告との間に生じた分は、その八分の三を同原告の、その八分の五を被告の各負担とし、原告日本化建興業株式会社と被告との間に生じた分は被告の負担とする。

五  この判決第一項及び第二項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告かたばみ興業株式会社に対し金一二一万四一〇〇円及びこれに対する昭和五四年三月一六日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  主文第二項と同旨

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者双方の主張

一  請求原因

1  原告日本化建工業株式会社(以下「原告日本化建」という。)は合板型枠の製造販売を、被告は合板の売買をそれぞれ業とする会社であるが、原告日本化建は被告に対し、代金は毎月二〇日締切翌月一〇日払の約定のもとに継続的に合板型枠を売り渡した結果、昭和五二年七月一日現在で金一二一万四一〇〇円の売掛代金債権を有していた。

2  原告日本化建は、昭和五二年七月一日被告に対する前項の売掛代金債権全部を原告かたばみ興業株式会社(以下「原告かたばみ興業」という。)に債権譲渡し、同年七月二二日到達の内容証明郵便をもって被告にその旨通知した。

3  原告日本化建は被告に対し昭和五二年七月二九日から同年一一月二六日までの間前記1と同じ約定のもとに代金一八万五二〇〇円相当の合板型枠を売り渡した。

4  よって、本訴において被告に対し、原告かたばみ興業は譲受債権金一二一万四一〇〇円、原告日本化建は売掛代金一八万五二〇〇円及び右各金員に対する本訴状送達日の翌日である昭和五四年三月一六日から完済まで年六分の商事法定利率による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、昭和五二年七月二二日に原告日本化建を差出名義人とし債権譲渡通知書と題する内容証明郵便が被告のもとに到達したことは認めるが、その余は不知。

3  同3の事実は認める。

三  抗弁

1  請求原因1の売掛代金中には、原告日本化建が昭和五二年五月下旬ごろ被告に売渡したパワーコート合板(ベニヤ合板に樹脂加工をして強化した型枠用合板であって、コンクリートを打つときに堰板として使用するもの。)一〇〇〇枚の代金が含まれている。

2  被告は、原告日本化建から買受けた右パワーコート合板一〇〇〇枚(以下「本件合板」という。)を同年五月三〇日訴外藤川建設株式会社(以下「藤川建設」という。)に売渡した。

3  パワーコート合板は堰板として少なくとも七、八回の反覆使用に耐えることが製品の規格とされているが、本件合板の一部には、貼合わせの接着が不良で一回の使用で剥離するため反覆使用に耐えない不良製品があり、被告は、同年六月ごろ藤川建設からのクレームにより右瑕疵の存在を知ったので、直ちに原告日本化建に対しその旨を通知した。

4  右不良製品の数量は調査の結果三〇〇枚を超えていたが、被告は、昭和五二年一〇月二五日藤川建設に対し不良製品三〇〇枚分に対する損害賠償金として金四六万五〇〇〇円の支払を余儀なくされ、右同額の損害を被った。

5  以上のとおり、被告は原告日本化建に対し、本件合板の一部に瑕疵があったことに基づく金四六万五〇〇〇円の損害賠償請求権を有していたところ、本件合板の代金を含む同原告の被告に対する売掛代金債権が原告かたばみ興業に譲渡されたため、被告は次のように原告かたばみ興業に対し、前記損害賠償請求権を自働債権として右譲受にかかる売掛代金債権と対当額において相殺する意思表示をした。

(一) 被告会社管理部管理課長局充は昭和五二年一〇月一九日原告かたばみ興業総務部次長兼経理課長小川郁夫に対し右の相殺の意思表示をした。右両名は、それぞれ、その職制上の地位に基づき、相殺の意思表示をし、又はその意思表示を受領する権限を有する者である。

(二) 仮に右(一)の主張が認められないとしても、被告は本件訴訟において、昭和五四年五月二三日付け答弁書によって右の意思表示をした。この相殺の意思表示は民法五七〇条の準用する同法五六六条三項所定の瑕疵を知った時から一年の除斥期間が経過した後になされたものであるが、右相殺は当該瑕疵ある目的物にかかる売掛代金債権を受働債権とするもので、右除斥期間経過前に自働債権と受働債権とが相殺適状に達していたのであるから、民法五〇八条の類推適用により、右相殺は有効である。

四  抗弁に対する原告かたばみ興業の認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2及び3の事実は否認する。

3  同4の事実中、被告が藤川建設に対しその主張の金員を支払ったことは不知。その余は否認する。

4  商人間の売買において、買主が目的物に瑕疵があることを理由とする損害賠償請求権を保存するためには、買主において瑕疵の内容及び程度並びに瑕疵ある目的物の数量を具体的に明示して売主に対し商法五二六条一項所定の通知を発することを要し、かつ、瑕疵の有無等をめぐり後日当事者間に紛議の生じないようにするため商法五二七条一項の定めるところに従い買主において当該瑕疵ある目的物を保管することを要する。

しかるに、被告は原告日本化建に対し、単に藤川建設から本件合板についてクレームがあった旨を通知したのみで、それ以上具体的に瑕疵の内容、範囲等を通知していないし、また、被告は、本件合板中の不良製品を保存することを怠り、これらの証拠物件を散逸させた。

このように、被告には商法五二六条の瑕疵通知義務の違反及び同法五二七条の目的物保管義務の違反があるので、被告は売買の目的物の瑕疵を理由とする損害賠償請求権を主張することはできない。

第三証拠関係《省略》

理由

一  原告かたばみ興業の請求について。

1  請求原因1の事実は当事者間に争いがないところ、《証拠省略》を総合すると、原告日本化建は、昭和五二年七月一日被告に対する請求原因1の金一二一万四一〇〇円の合板型枠売掛代金債権全部を原告かたばみ興業に譲渡し、同年七月二〇日付け内容証明郵便をもって被告あてにその旨の債権譲渡通知を発したことが認められ、右内容証明郵便が同月二二日被告のもとに到達した事実は当事者間に争いがない。

もっとも、成立に争いのない乙第二号証の昭和五三年七月一日付け債権譲渡通知書には、譲渡債権額として金九五万五〇〇〇円と記載されているが、右は原告日本化建代表者において債権額を誤記したものであり、その後更めて同月二〇日付内容証明郵便をもって正しい譲渡債権額を記載した債権譲渡通知が発せられたことが前掲各証拠によって明らかであるから、乙第二号証の記載は前認定を妨げるものではなく、他に前認定を左右すべき証拠はない。

2  そこで、被告の相殺の抗弁について判断する。

(一)  原告かたばみ興業の譲受けた被告に対する右売掛代金債権中には、原告日本化建が昭和五二年五月下旬ごろ被告に売渡した本件合板の代金が含まれていることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、本件合板は昭和五二年五月二八日原告日本化建九州支店から被告会社福岡出張所に引渡され、被告はこれを藤川建設に売渡して同月三〇日藤川建設の請負工事現場に納入したこと、パワーコート合板は堰板として少なくとも六、七回位の反覆使用に耐えるのが通常であるが、藤川建設が本件合板を工事現場で使用したところ、そのうち三〇〇枚を超える製品が接着不良のため一回の使用で合板の貼合せが剥離し、反覆使用が不可能となったこと、被告会社福岡出張所営業課員鈴木哲夫は、同年六月末か七月初めごろ藤川建設代表者から右の事実を指摘して苦情の申入れを受けたので、工事現場に赴いて本件合板の状態を検分したうえ、直ちに原告日本化建九州支店長の長某に対し、本件合板中には接着不良のため一回の使用で貼合せが剥離するものが相当数あるので現場を見てもらいたい旨電話連絡し、右長支店長をして藤川建設の工事現場において本件合板の状態を確認させたこと、右鈴木営業課員は、不良製品の事後処理について藤川建設代表者と接衝した結果、昭和五二年九月初めごろ、不良製品の数量を控え目に見積って三〇〇枚とし、売渡価格一枚一五五〇円の三〇〇枚分に当たる金四六万五〇〇〇円をクレーム補償金の名下に被告が藤川建設に支払うという内容の合意が成立し、被告は同年一〇月二五日に藤川建設から売掛代金を集金する際に本来受取るべき金額から右金四六万五〇〇〇円を控除して集金する方法により決済したこと、以上の事実を認定することができ、原告日本化建代表者の供述中には、北九州支店から本件合板にクレームのついた事実の連絡を受けたことはない旨の部分があるけれども、右供述部分は上記認定を妨げるものではなく、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(二)  右認定の事実によれば、被告は、原告日本化建から買受けた本件合板の一部に接着不良の瑕疵があったため、転売先の藤川建設に対し金四六万五〇〇〇円の損害賠償債務を負担するに至り、右賠償金の支払のため売掛代金の一部との相殺を余儀なくされ、右同額の損害を被ったものということができる。

ところで、原告日本化建と被告との間における本件合板の売買は商人間の売買であるから、被告において商法五二六条一項所定の目的物の検査及び瑕疵の通知義務を履行した場合でなければ目的物の瑕疵を理由とする損害賠償請求権を行使することはできないが、本件合板が反覆使用に耐えられる程度に貼合せ接着が完全に行われているかどうかは、検収時における通常の外観検査では発見困難であり、現実に堰板として使用してみなければ判明し得ないものと考えられるので、本件合板の一部に存する接着不良の瑕疵は同項にいう「直チニ発見スルコト能ハサル瑕疵」に該当し、したがって、目的物を受取った後六か月内に右瑕疵を発見したとき直ちにその通知を発すれば足りるものと解すべきところ、被告の営業担当者は昭和五二年六月末から七月初めごろ藤川建設からの苦情申入により本件合板の一部に接着不良の瑕疵のあることを知り、直ちに原告日本化建九州支店長に対しその旨の通知をしたことは前認定のとおりであるから、右の通知は時期に遅れたものということはできない。

原告かたばみ興業は、商法五二六条一項所定の通知は、瑕疵の内容及び程度並びに瑕疵ある目的物の数量を具体的に明示してすることを要するのに、被告は、瑕疵の内容、範囲等を具体的に通知しなかったので、目的物の瑕疵を理由とする損害賠償請求権を主張することはできない旨主張する。

しかし、商法五二六条一項が買主に瑕疵の通知義務を課したのは、売主に適切な善後策を講ずる機会を速やかに与えるためであるから、同項の要求する通知の内容は、瑕疵の種類及び大体の範囲を明らかにするもをもって足り、詳細かつ正確な内容の通知であることを要しないものと解するのが相当である。前記(一)で認定した事実によれば、被告の営業担当者が原告日本化建九州支店長に対してした瑕疵の通知は、不良製品の正確な枚数を明示していないけれども、本件合板に存する瑕疵の種類及びその大体の範囲を明らかにしているものといえるから、右通知は商法五二六条一項の要求する瑕疵の通知として欠けるところはないものというべきであり、被告に同項の通知義務の不履行はないので、原告かたばみ興業の右主張は理由がない。

原告かたばみ興業は、また、被告は、商法五二七条一項の定めるところにより瑕疵ある目的物を保管すべき義務があるのに、本件合板中の不良製品を保存することを怠り、これらの証拠物件を散逸させたものであり、本件合板の瑕疵を理由とする損害賠償請求権を主張することは許されない旨主張するけれども、商法五二七条一項は、売主の瑕疵担保責任を追及するについて買主に瑕疵ある目的物を証拠物件として保全すべき義務を課した規定ではなく、買主が売買の目的物に瑕疵があることを理由に契約を解除した場合における買主の目的物保管義務を定めたものにすぎない。したがって、本件のように契約を解除しない場合に買主が同項の規定により売主のため売買の目的物の保管義務を負ういわれはないので、原告かたばみ興業の右主張もまた失当である。

(三)  そうすると、被告は原告日本化建に対し、本件合板の一部の瑕疵を理由とする担保責任に基づく金四六万五〇〇〇円の損害賠償請求権を有していたものであり、右損害賠償請求権の発生原因となる事実は被告が原告日本化建から原告かたばみ興業への債権譲渡の通知を受ける前に生じていたことが明白であるから、被告は原告日本化建に対する右損害賠償請求権を自働債権とする相殺をもって譲受債権者である原告かたばみ興業に対抗し得るものというべきである。

そして、被告会社管理部管理課長局充が昭和五二年一〇月一九日原告かたばみ興業総務部次長兼経理課長小川郁夫に対し、前記金四六万五〇〇〇円の損害賠償請求権を自働債権として原告かたばみ興業の譲受にかかる売掛代金債権と対当額において相殺する旨の意思表示をしたこと、右両名は、それぞれ、その職制上の地位に基づき、相殺の意思表示をし、又は相殺の意思表示を受領する権限を有する者であることは、原告かたばみ興業において明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。

(四)  以上によれば、原告かたばみ興業の本訴請求にかかる金一二一万四一〇〇円の譲受債権中、金四六万五〇〇〇円は被告のした右相殺によって消滅したこととなるので、被告の抗弁は理由がある。

3  以上の次第であるから、原告かたばみ興業の本訴請求中、譲受債権残金七四万九一〇〇円及びこれに対する弁済期到来後である昭和五四年三月一六日から完済まで年六分の商事法定利率による遅延損害金の支払を求める部分は正当として認容すべきであるが、これを超える部分は失当として棄却すべきである。

二  原告日本化建の請求について。

請求原因3の事実は被告の認めて争わないところであり、右の事実によれば、右売掛代金一八万五二〇〇円及びこれに対する弁済期到来後である昭和五四年三月一六日から完済まで年六分の商事法定利率による遅延損害金の支払を求める原告日本化建の本訴請求は全部正当として認容すべきである。

三  よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条本文、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤浩武)

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